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東京地方裁判所 平成7年(チ)4号 決定

申立人 東京地方検察庁検察官検事正 高橋武生

申立人 東京都知事 青島幸男

相手方 宗教法人オウム真理教

右代表者代表役員 松本智津夫

主文

相手方宗教法人オウム真理教を解散する。

理由

第一  申立の理由及び相手方の主張

一  申立の理由

申立人らが相手方の解散を求める理由の要旨は、次のとおりである。

1  相手方は、平成元年八月、東京都知事により規則の認証を受け、設立登記を行って成立した宗教法人であり、その代表役員は松本智津夫である。

2  松本智津夫は、信者多数とともに組織的に、不特定多数の者を殺害する目的で、平成五年一一月ころから平成六年一二月下旬ころまでの間、山梨県西八代郡上九一色村所在の第七サティアンと称する相手方所有の建物内にサリン生成化学プラントを建設し、原料であるフッ化ナトリウム、イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達したうえ、これを投入して同プラントを作動させ、人を殺害するという目的以外には用途がない毒ガスであるサリンの生成を企て、もって殺人の予備をした。

3  右のとおり、相手方は、法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をし、かつ、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成するという宗教法人法二条所定の宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたものであるから、同法八一条一項一号及び二号前段に該当する事由がある。

二  相手方の主張

相手方は、次のように主張し、本件各申立の却下を求めた。

1  第七サティアン内の化学プラントはサリン生成を目的とするものではなく、相手方が同プラントにおいてサリンの生成を企てたことはない。同プラントは、農薬であるDDVPの生成プラントとして建設されたが、未完成のまま取り壊されている。

2  仮に、村井ら一部の幹部信者が第七サティアン内にサリン生成プラントを建設し、これを作動させてサリンの生成を企てたとしても、相手方が組織体として行ったものではなく、松本智津夫はこれに無関係である。組織の最高意思決定機関である責任役員会において、そのような殺人目的の企ては承認されておらず、その経費を相手方が支出する経理上の承認もしていない。松本智津夫の病没後の権力掌握のための功名を焦った一部の幹部信者の独断専行的な行為は、相手方の目的外の行為であり、相手方の行為ということはできない。

3  サリンの生成は、当時、法令に違反する行為ではなかった。また、サリンの生成即殺人の目的ではない。

相手方は、外部から毒ガス攻撃を受けてきており、かつ、将来の世界最終戦争において、大国により核兵器、毒ガス兵器、生物兵器等が使用される可能性を予知し、サリン、ソマン、タブン、VXガス等の開発研究、治療薬の実験等を行っていたが、それはあくまで自衛のためであり、殺人攻撃のためではない。自衛目的でのサリンの生成は、国際常識上からも、著しく公共の福祉に反するとは考えられない。

4  相手方は、現在、松本智津夫教祖に代わる村岡達子代行の下に、教義をひろめ信者を教化育成するという宗教団体の所期の目的を忠実に守って、統率のとれた宗教団体として活動を継続し、善良な市民の信教の場所として健全な姿に改善されている。刑事事件の被疑者となった一部信者を除名したり、指名手配を受けた信者等に対し自首を勧告し、これを実行させるなど、捜査にも協力している。山梨県に対し、第七サティアン等の管理の委託を上申するなど、信仰生活に必要のない施設の放棄も決意している。相手方の信者は現在でも約一五〇〇名存在し、真摯に宗教活動に専念しており、その信者の生活権の根拠である相手方に対して解散を命じることは、実質的な理由がなく、多数の信者を霧散させ、かえって社会不安を助長するものである。

一連の刑事事件に関与した信者は全体の五パーセント未満にすぎず、事件に関係した幹部の刑事責任が追及されれば、解散命令の原因は払拭されるはずである。一部信者の刑事責任と宗教法人自体の責任とを混同することは、宗教法人法一条二項の法意に抵触する。また、一部信者の刑事責任の故に、他の大多数の信者を解散命令で切り捨て、信仰の場を奪うことは、連帯責任を追及するものにほかならず、憲法一三条(個人の尊重)、二〇条(信教の自由)に違反する。

5  本件殺人予備は、既に刑事事件として裁判所に係属しているから、その存否は今後の公判で検察官が証明すべき事柄であり、本件申立の当否については、刑事事件の結果を待って論ずべきである。刑事事件の有罪判決の確定前に解散命令を出すことは、無罪の推定という刑事訴訟法の精神に背馳し、魔女裁判ともいうべきものである。

第二  当裁判所の判断

一  宗教法人オウム真理教の概要と松本智津夫の地位

甲一ないし五によれば、次の事実が認められる。

1  相手方は、「主神をシヴァ神として崇拝し、創始者松本智津夫(別名=麻原彰晃)はじめ真にシヴァ神の意志を理解し実行する者の指導のもとに、古代ヨーガ、原始仏教、大乗仏教を背景とした教義をひろめ、儀式行事を行い、信徒を教化育成し、すべての生き物を輪廻の苦しみから救済することを最終目標とし、その目標を達成するために必要な業務を行う。」ことを目的とする旨規定した規則を作成し、平成元年八月二五日宗教法人法一四条に基づく所轄庁(東京都知事)の認証を受け、同月二九日設立の登記を行って成立した宗教法人である。主たる事務所の所在地は東京都江東区亀戸七丁目四〇番七号、従たる事務所の所在地は静岡県富士宮市人穴字下広見三八一番一である。設立当時の相手方の信者数は、約三〇〇〇名と申告されている。現在の信者数は、相手方の主張によれば約一五〇〇人とされているが、正確な数を知り得る証拠は提出されていない。

2  松本智津夫は、設立以来現在まで代表役員の地位にあるが、相手方の規則上、代表役員は、相手方を代表し、その事務を総理する権限を有する。そして、代表役員は責任役員の互選によるが、責任役員は信徒及び大師のうちから総代会の議決を得たうえで代表役員が選任し、総代会を組織する九人の総代も信徒及び大師のうちから責任役員会の議決を得たうえで代表役員が選任することとなっており、信徒となるにも、また信徒を指導すべき大師となるにも代表役員の承認が必要であるとされているから、相手方の規則上も、代表役員である松本智津夫が、事実上、役員すべての人事権を握り、相手方の組織を全面的に掌握・支配し得る体制となっている。

3  しかも、松本智津夫は、オウム真理教の教祖であり(「尊師」と呼称されている)、相手方における同人の地位・権威・影響力は、単に、右のような宗教法人規則上のものにとどまるものではなかった。

相手方は、松本智津夫の行った説法を編集した「ヴァジラヤーナコース・教学システム教本」という題名の教本を発行している(甲四)。右教本には五六話が収録され、相手方の教義が詳細に語られているが、右教本において松本智津夫は、信者に対し、「金剛乗の教えというものは、もともとグルというものを絶対的な立場に置いて、そのグルに帰依する」、「君たちが交わらなければならないもの、君たちが絶対的根本としなければならないものは、グルである、法である。それ以外のものを絶対的な根本としてはならない。」、「君たちは麻原彰晃の弟子である。」等と繰り返し説いて、グルである松本智津夫に対する絶対的帰依を求めている。

また、相手方から押収されたフロッピーディスクには、「決意の標準フォーム」と題する文書と、その中に挿入されるべき「信徒庁決意」、「大蔵省決意」等と題する省庁別の決意表明文書が書き込まれていたが、これは信者らが松本智津夫の朗読を録音したテープを聞きながら繰り返し唱えていたものである(甲五)。「決意の標準フォーム」には、「タントラ・ヴァジラヤーナは、グルの意思の実践がすべてだ。それ以外は無効である。功徳にならない。」、「グルの指示がすべてだ。それ以外は無効である。功徳にならない。」などという決意表明の言葉があり、また例えば、「科学技術省配管班決意」には、科学技術省の使命は、グルの意思されるものをできるだけ早く、できるだけ正確に作り上げることによって救済のお手伝いをすることである。………グルの意思を一滴たりとも漏らさないような、緻密な配管をするぞ。グルの意思を三界にあまねく広げるためのパイプラインとなるぞ。」という文言があるように、各省庁別の決意表明においても、松本智津夫の意思の実現に奉仕するのが信者の使命であることが、随所で強調されている。そして、「決意の標準フォーム」や「法務省決意」では、「結果のためには手段を選ぶ必要がない」という、本件殺人予備行為につながる考え方も明示されている。

二  サリンの特性、用途、毒性及び生成方法

甲七、八、一九によれば、次の事実が認められる。

1  サリン(化学名-メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル)は、一九三九年ドイツにおいて病害虫防除剤の開発中に発見された有機リン系化合物であり、自然界には存在しない人工物質である。

サリンは、タブン、ソマン、VXガスと同様、生物の神経系を冒す神経ガスの一種である。人を殺害するという目的以外に用途はない。従来の窒素性ガス(ホスゲン、イペリット等)と比較して重量当たり一五倍から三二倍もの毒性を有しているうえ、少量でも非常に広範囲の地域に拡散し効果を上げることができることから、ナチスドイツが新型毒ガス兵器として採用しただけでなく、現在でも毒ガス兵器として軍需用に製造されているといわれる。

2  サリンは、口及び鼻から呼吸により体内に入るほか、皮膚からも体内に浸透し、副交感神経を形成する神経細胞と筋細胞との接合部分においてアセチルコリンエステラーゼと強く結合して、そのアセチルコリン分解活動を阻害することにより、副交感神経の命令伝達機能を麻痺させる。その結果、瞳孔、肺等の筋肉が収縮したまま動かなくなり、呼吸筋の麻痺が直接の原因となって人を死に至らしめる。休息中の人を対象とした場合、一立方メートル当たり一〇〇ミリグラムのサリンが存在すれば一分間で半数が死亡し、穏やかな作業をしている人を対象とした場合、一立方メートル当たり七〇ミリグラムのサリンが存在すれば一分間で半数が死亡する。

解毒剤としては、アセチルコリンエステラーゼと結合したサリンを取り除く効果のあるコンパウンド一六、ピリジアルドオキシム(パム=PAM)等がある。

3  サリンには数多くの生成方法があるといわれているが、公刊された文献(甲一九)に、その一つとして、三塩化リンから始まり、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸ジクロライド、メチルホスホン酸ジフルオライド等の中間物質を経て、サリンを合成する方法のあることが紹介されている。

なお、サリンが加水分解すると、メチルホスホン酸モノイソプロピルが生成され、さらに分解が進むとメチルホスホン酸が生成される。

三  第七サティアン化学プラントの状況

甲六、八、一六、検証の結果によれば、次の事実が認められる。

1  第七サティアンは、相手方が山梨県西八代郡上九一色村富士ケ嶺に所有するサティアンと称する多数の教団関連施設の一つであって、第三上九と呼ばれる土地上に建設された、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建の建物である。東西の長さが二七・五メートル、南北の長さが一九・八メートル、高さは一二・九三メートルである。同建物については、平成五年七月、オウム真理教代表松本智津夫を建築主、主要な用途を事務所として建築確認申請がされ、同年九月新築を原因とする所有権保存登記がされている。

建物内部の大部分は、タンク、反応器、蒸留塔等の機器及び配管から成る化学プラントによって占められている。平成七年三月二二日警察が捜索を実施した時点においては、一階にシヴァ神像及び祭壇が設置され、二階、三階も配管を一部切断して撤去するなどしたうえ、化粧板でプラントを蔽い隠し、第三者が内部に立ち入っても化学プラントの存在が容易には判らないように隠蔽されていた。

2  右化学プラントは、多数の機器、配管等によって構成された、極めて複雑大規模なものであるが、大別すれば、メインプラント、電解プラント及びNNジエチルアニリン再生用プラントに分かれる。このうち、メインプラントは、反応器を単位として区分すると第一から第五まで五つのプロセスになり、各プロセスそれぞれに一基又は二基一組の反応器が設置されているほか、原料タンク、生成物の貯蔵タンク、遠心分離器、蒸留塔等が組み合わされ、これらの機器類は配管によって接続されている(現状において、一部切断されていることは、後述のとおり)。

第一プロセスから第四プロセスまでの装置は、第七サティアン内北東角に設けられた一階から三階までの吹き抜け部分に主として建設されているが、第五プロセスの反応器と貯蔵用容器が設置されている場所及び充填装置が設置されている場所は、他のプラント部分が設置された場所とは壁で区画され、壁の継ぎ目をアルミ様粘着テープで目張りし、隙間に充填剤を詰め、かつ扉にハッチ式のものを使用するなど気密性の高い部屋となっており、出入口にはシャワーが設けられている。

電解プラントは、主として第七サティアン三階中央部分、NNジエチルアニリン再生用プラントは、前記吹き抜け部分の一部及び一階北西部分にそれぞれ設置されている。また、二階には、本件プラントを電気制御により管理、作動させるためのコントロールルームがあり、多数のモニター、コンピュータ等が置かれている。

現在、電解プラントはかなり破壊された状態にあるが、本件プラントのその他の部分は、配管の切断された場所が数カ所あったほかは、ほとんど破壊されておらず、切断された配管部分も、配管と配管のつなぎ目の位置関係、方向等により復元可能な状態である。

四  本件プラントがサリン生成プラントであるかどうかについて

1(一)  甲八及び検証の結果によれば、次の事実が認められる。

第七サティアン二階のコントロールルーム内を捜索した結果、フロッピーディスク及び手書きの化学プラント設計図(甲八添付資料・証拠物B)(手書き設計図)が発見押収されたが、フロッピーディスクには「ブロックダイヤグラム」と題する化学物質の生成工程表(甲八添付資料・証拠物A)(生成工程表)及び化学プラント設計図(甲八添付資料・証拠物C)(フロッピーディスク設計図)が書き込まれていた。

このうち、生成工程表には、三塩化リン、メタノール、五塩化リン、フッ化ナトリウム、イソプロピルアルコール等を反応させ、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸ジクロライド、メチルホスホン酸ジフルオライド等の中間生成物を経て、最終プロセスで「***」及び塩化水素が生成されるという工程が、原料、反応促進剤、触媒等の名称及び使用量、中間生成物等の名称、生成見込量等を含め、フローチャートの形で記載されている。最終的に生成される物質は「***」と記載され物質名は明記されていないが、これがサリンであることは化学的に明らかである。右生成工程表に基づくサリンの生成方法には、五塩化リンについては、別途、塩化ナトリウムを電気分解して発生させた塩素を三塩化リンと化合させて生成することとしたり、最終プロセスで第三プロセスと第四プロセスで生成された中間生成物を共に使用する設計になっているなど、いくつかの特徴的な点が認められ、これが手書き設計図、フロッピーディスク設計図及び本件プラントの状況と一致している。

また、手書き設計図も、原料、中間生成物等の反応工程、生成見込量等が生成工程表の記載と一致しているうえ、手書き設計図及びフロッピーディスク設計図における原料等のタンク、反応器、蒸留塔等の配置及び配管の記載は、建設の過程で付加されたと推測される二、三の機器を除き、本件プラントの状況と符合している。

(二)  本件プラント各プロセスの多数の機器から、生成工程表の記載に合致する原料、反応促進剤、溶媒、触媒、中間生成物、副生成物にあたる化学物質が検出されている(甲八、九、検証の結果)。

とくに、第五プロセスの反応器内の撹拌機軸継手カップリング部からメチルホスホン酸モノイソプロピルが、同反応器上部の覗き窓のパッキングからメチルホスホン酸が、同反応器横の貯蔵用容器下部ジョイント部分から塩化ナトリウムがそれぞれ検出されたことは重要である。前述のように、メチルホスホン酸モノイソプロピルはサリンが加水分解されて生成するものであり、さらに分解が進むとメチルホスホン酸が生成されるからである。また、塩化ナトリウムには、最終プロセスの副生成物である塩化水素が水酸化ナトリウムと反応した結果、生成されたものと認められる。

右事実は、本件プラントに原料等を投入して作動させ、実際にサリンを生成したことを示す決定的な証拠である。

(三)  相手方は、そのダミー会社を通じて、サリン生成の原料等に用いられる三塩化リン、メタノール、フッ化ナトリウム、イソプロピルアルコール、ヘキサン、NNジエチルアニリン及びヨウ素を大量に購入しており(甲一三)、右薬品類は、第七サティアンのほか、第二、第三、第六、第八及び第一〇の各サティアン等の相手方施設から押収されている(甲一七)。その押収量は、三塩化リンがドラム缶四二二本、メタノールがドラム缶六三本等、フッ化ナトリウムが紙袋入り約一八九三袋等、イソプロピルアルコールがドラム缶四九本等、ヘキサンがドラム缶一一四本等、NNジエチルアニリンがドラム缶四七本等、ヨウ素が紙袋入り一五袋等という、膨大な量である。また、五塩化リンも合計約一トン購入され、相手方幹部の供述に基づき、栃木県日光市内の道路脇の地中から約九キログラムが押収された(甲二〇、二一)。

また、サリンの解毒剤であるパム(PAM)の使用済みアンプルも、第七サティアン内から発見されている(甲一二)。

(四)  第七サティアンが存在する第三上九の月別電力消費量は、電力供給開始直後の平成六年二月には約一万六〇〇〇キロワット時であったが、次第に増加して同年八月からは一〇万キロワット時を超えるようになり、同年一二月には約一九万四〇〇〇キロワット時にまで達していた。第三上九への供給電力を大量に消費する設備は本件プラントのほかに存在せず、しかも電解プラントの電力は別の地区から供給されていたが、電解プラントを除く本件プラントを順次段階的に稼働させるとすれば、二四時間毎日稼働させたとしても五万キロワット時程度あれば十分である(甲八、一四)。

右事実からも、本件プラントが稼働していたことが推認される。

(五)  前出の生成工程表において、最終生成物の生成見込量は「0.95t」「***キロリットル」と記載されているが、本件プラント第五プロセスの反応器の容量は約〇・九立方メートルであるから、右反応器を一回作動させた場合のサリンの生成可能量は約〇・七トンと推定される。また、生成されたサリンの貯蔵用容器と認められる二基のタンクの各容量は約二・三立方メートルであり、貯蔵可能なサリンの量は合計約四トンと考えられる。さらに、原料であるイソプロピルアルコールの購入量約五四トンは、計算上、一〇〇トンを超えるサリンの生成を可能とする(甲八、一三)。

(六)  以上認定した事実によれば、第七サティアン内の本件化学プラントは、前記生成工程表記載の反応プロセスを実現すべく、前記手書き設計図及びフロッピーディスク設計図に従って建設された、サリン生成を目的とするプラントであると認められる。

サリンが生成される最終プロセスの装置が設置されている部屋と充填装置が設置されている部屋が、いずれも気密性の高い構造となっており、しかも出入口にはシャワーが設置されている(万が一、サリンが身体に付着するなどした場合にも、直ちに洗浄、加水分解できるようになっている)点は、本件プラントがサリン生成プラントであることを、外観上もよく物語っているといえよう。

そして、本件プラントによって現実にどの程度の量のサリン生成に成功したかは明らかでないものの、検出物質の存在等から、本件プラントを実際に作動させてサリンの生成を行ったことが証明されており、また、前記生成工程表の記載や、プラントの機器の容量、調達された原料等の量からみて、本件プラントにより極めて大量のサリンの生成が企てられたことも、優に推認できる。

2  これに対し、相手方は、本件プラントが農薬であるDDVP(化学名-2,2-ジクロロビニルリン酸ジメチル)の生成を目的とした施設であると主張しているので、検討を加える。

(一) 相手方提出の証拠(乙三、四)によれば、本件プラントにおけるDDVPの生成プロセスは四つの工程に分かれ、第一工程では三塩化リンとメタノールから亜リン酸トリメチルを、第二工程では塩化ナトリウム水溶液の電気分解により塩素を、第三工程では塩素、エタノール及び硫酸からクロラールをそれぞれ生成し、第四工程で亜リン酸トリメチルとクロラールを反応させてDDVPを生成することになっている。相手方は、乙四で主張する原料タンク、反応タンク等が本件プラントのどの機器に当たるかにつき、具体的な説明をしていないが、乙三、四によるDDVPの生成工程の説明と本件プラントの状況とを対照すれば、DDVP生成の第一工程が本件プラントの第一プロセスに、同第二工程が電解プラントに、同第三工程が本件プラントの第二及び第三プロセスに、同第四工程が本件プラントの第四及び第五プロセスにそれぞれ対応するものと解される(甲二三)。

(二)しかしながら、第一工程及び第二工程についてはともかく、第三工程以降では、乙三、四記載の生成工程と本件プラントの状況との間に、構造上説明し難い矛盾が存在する(甲二三、検証の結果)。例えば、第三工程における「原料タンク6」(エタノールの貯蔵タンク)に相当するタンクは見当たらないし、第一工程の生成物である亜リン酸トリメチルを貯蔵する「貯蔵タンク2」からは第四工程の「反応タンク7」への配管が存在しなければならないはずであるが、これに相当するものが本件プラントに存在しない。また、乙三によれば第三工程(クロラール生成工程)へ亜リン酸トリメチルが導かれることにはなっていないのに、「貯蔵タンク2」から、第三工程の「反応タンク5」に相当すると考えられる反応器に配管が接続されている。さらに、「反応タンク7」に反応促進剤としてフッ化ナトリウムを供給することは、化学的に説明できず、「反応タンク8」に液体副原料としてイソプロピルアルコールを加えることも、合理性がない。

(三) 本件プラントからは、相手方主張の生成工程から考えて検出が予想される化学物質が検出されず、反対に、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸モノイソプロピル等、DDVP生成工程ではおよそ検出され得ない物質が検出されたり、その工程で検出されることが化学的に説明できない物質が検出されたりしている(甲八、二三、検証の結果)。

(四) したがって、本件プラントが農薬DDVPの生成プラントであるとの相手方の主張は、採用する余地がない。

なお、相手方は、本件プラントがサリン生成プラントであるか否かについて、鑑定を申請している。しかしながら、既に取り調べた証拠によって本件プラントがサリン生成プラントであることは十分に認定することができるのであって、この認定を左右するに足りる矛盾、疑問等の指摘はなく、相手方は、本件プラントの構造及び検出物という客観的な事実と矛盾するDDVP工場説を主張するのみである。したがって、右鑑定を実施する必要性は認められない。

3  前述のように、サリンは、人を殺害するという目的以外に用途のない、猛毒の神経ガスである。その生成プラントを建設し、大量のサリン生成を企てることは、通常、それだけで多数人に対する殺人の故意を推認させ、殺人予備罪を成立させるに十分である。当時、サリンの生成自体を取り締まる法令があったかどうかは、殺人予備罪の成立に影響しない。

五  本件殺人予備が解散命令事由に該当するかどうかについて

1  本件申立は、殺人予備が、宗教法人法八一条一項一号及び二号前段の「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」及び「第二条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」に該当するとしてなされたものである。本件殺人予備のような重大な犯罪が、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる法令違反行為であり、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為であることに異論はないであろうが、刑法上の犯罪は、自然人を主体とするものであって、宗教法人自体がこれを犯すことはできない。しかし、宗教法人自体が主体になり得ないというだけの理由で、刑法上の犯罪はおよそ宗教法人に対する解散命令事由になり得ないと考えるのは、宗教法人法が宗教団体に法人格取得の道を開いてその保護を図った趣旨に反する事態を招く恐れがあり、相当ではない。八一条一項の規定上も、「宗教法人について」、同項各号に該当する事由があると認めたときとなっていて、宗教法人と法令違反行為・目的逸脱行為の主体との厳密な一致を必ずしも要求していないと解される。

そこで、刑法上の犯罪は、どのような場合に宗教法人の解散命令事由を構成し得るのかを問題としなければならないが、宗教団体の構成員が、その組織や活動と無関係に何らかの犯罪を犯したとしても、解散命令によりその宗教団体から法人格を奪うことはできないのが当然と考えられる反面、宗教団体構成員の大部分あるいは中枢部分が、宗教団体の組織的行為として犯行に関与するなど、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織や活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合は、宗教法人法八一条一項一号又は二号前段に基づき、宗教法人の解散を命じることができると解すべきである。右のような場合は、「宗教法人について」右各号に該当する事由があると評価することが可能であるし、その宗教団体に法人格を与えておくことは、前記宗教法人法の趣旨に反することになるからである。なお、犯罪行為というものの性質上、責任役員会等の宗教法人の正式機関で承認されたかどうかを基準とするのは相当でなく、あくまでも実質的にみて、宗教団体の組織的行為と認められるかどうかを基準とすべきである。

2  相手方は、本件サリン生成プラントを建設した可能性があるのは村井ら一部の幹部信者であって、松本智津夫は無関係であると主張している。

本件プラントの建設・稼働に、具体的に誰がどのように関与したかを証明する証拠は、本件申立の理由と同一の殺人予備の事実により信者一二名が起訴されていることを明らかにした証拠(甲一八)を除き、本件においては提出されていない。しかし、本件プラントは、オウム真理教団の関連施設が集まる地域に所在する相手方所有の建物内に建設された、複雑、大規模な化学プラントである。建設には相当数の信者らが従事したであろうと推認される。費用等の点でも、本件プラントへ据え付けるなどされた各種の機器材は、松本智津夫や信者が代表取締役を務める教団の関連会社を通じて購入されているが、その代金総額は二億二四九〇万円余であり(甲一一、一二)、三塩化リン約一八〇トンを始めとして、調達された前述のサリン生成原料等も極めて大量であって、その代金額は合計一億一九一〇万円余に上る(甲一三、二〇)。このようなプラントの建設・稼働が、一部の幹部、信者だけの独断によって行い得るとは考えられない。既に述べたように、オウム真理教団において教祖である松本智津夫の存在は絶対的なものであり、信者らに対しては、教祖の意思の実現がすべてであるとして、絶対的な帰依が求められているのである。そして、相手方は、本件で提出した陳述書においてサリンの開発研究を行っていたこと自体は認めており、甲四によっても、大学院で有機物理化学を専攻した教団幹部が、松本智津夫の指示の下に、サリンについて調査研究していたことが認められるうえ、前記のとおり、教団内部において、結果のためには手段を選ばないという考え方の指導が行われていた事実も認められる。

3  右のような事実を総合すると、本件サリン生成プラントの建設・稼働、すなわち本件殺人予備行為は、オウム真理教の教祖であり相手方の代表役員である松本智津夫の指示あるいは少なくともその承認の下に、オウム真理教団の組織的行為として実行されたものと認めるのが相当であり、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織・活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合に当たるから、宗教法人法八一条一項一号及び二号前段に定める解散命令事由が存在するというべきである。

六  相手方のその他の主張について

1  松本智津夫が説法(甲四)の中で盛んに主張する外部からの毒ガス攻撃の存在については、何らの客観的証拠も提出されていないばかりか、世界最終戦争なるものを前提とする主張を含め、わが国において、毒ガス兵器であるサリンの大量密造を企てることが、正当防衛行為として違法性を阻却される余地があるとは考えられない。このような恐るべき犯罪が社会一般に与えた恐怖感、不安感の大きさには計り知れないものがあると推認されるのであって、本件殺人予備が著しく公共の福祉を害する行為であることは明白である。

2  相手方の信者の動向や教団活動の現状については、相手方から特段の立証がないため的確に知り得ないが、本件殺人予備その他一連の刑事事件に責任のない多数の信者が存在することは、そのとおりかもしれない。

しかし、前記認定のとおり、相手方は松本智津夫を唯一無二の存在としてきた教団であって、同人の指示、承認の下に、教団の組織的行為として強度の反社会性を有する犯罪が実行されたものと認められる以上、右一般信者の存在に関し、清算の過程で何らかの配慮をする必要が生じ得ることは別として、このことを理由に解散命令の申立を斥けることは相当でない。相手方に対し解散を命じることは、宗教法人法の趣旨に合致するもので、同法一条二項の法意に抵触するものではなく、憲法一三条、二〇条にも違反しない。

3  本件は、宗教法人法の解釈、適用として、相手方宗教法人に解散を命じるべきか否かを判断するものであって、個人の刑事責任を追及する刑事訴訟とは、目的も違えば、証拠法則等の手続も異なるのであるから、相手方主張のように刑事事件の確定を待って本件解散命令申立の当否を判断すべきであるとはいえない。

七  結論

以上のとおり、相手方は、法令に違反して著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をし、かつ、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたものであって、もはや宗教法人としての保護を受けるべき宗教団体であるとは認められない。

よって、本件申立はいずれも理由があるから、宗教法人法八一条に基づき、主文のとおり決定する。

<裁判官記載なし>

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